死ぬまで安らかになるわけにいかない

PCを開いて、日付が変わってないのは久し振りです。
これって、本来は当たり前なのでしょう。
その日に帰るのって、普通でしょう。
普通の定義なんてわかりませんが、休みや休息、癒しなんて、たま〜にで結構。



人が死んだ時、「安らかに眠ってください」って言うよね。
死んだ時には、ず〜〜〜と寝れるんです。
しかも誰にも起こされずに。タイマーもかけない。
ずっと永遠に眠るわけです。夢も無い。何も無い。
そのうち、嫌になるという感覚さえない強制的な眠りが来る。
絶対に来る。
なら、今は起きる方に必死になりたい。
起きるのも、起こすのである。
起きてるんじゃない。起こす。



意味わからないね。
会議でも、いつもいつも抽象的や?や笑いになります。
僕の会議資料に、誰か隠れファンがいるはずです。
また+思考。
せっかくなら少しでも面白いという感情をくすぐりたい。



12345678910じゃ面白くない。
ゐ蜘兄さん死後ろくな名約醱でもいいじゃない。
どっちの表現のほうが考えるのか?
当たり前に話すことなんて簡単で。
でも、これはどういう意味だろうって思われるほうが楽しくない?



楽しく生きることの何がいけないのか?
常にボキャブラリーが必要です。
それが出来ない人はお金に走る。